日本映画を牽引する豊島圭介監督が
これまでとは違う日本映画を作り出した、その3つの挑戦
「豊島監督は、いわゆるアーティスティックな監督ではないけれど、作家性を大事にしながら、全体を見て映画を作ることのできる監督。ずっと注目されてきたし、これからますます日本映画界を引っぱっていく存在になるはず」と言うのは吉田プロデューサー。監督は、大学卒業後にロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の監督コースに留学していることもあり「日本の映画監督っぽさがない」とも加える。それは、ものすごく現場のムードを作り、役者やスタッフのテンションをあげるのが上手いということだ。撮影がスタートしてからの2週間は記録的な降雨量、豪雨に見舞われてしまい、ロケは天気との戦いでもあった。けれど、豊島監督のそのムード作りによって、つらいけれど楽しい、本当に雰囲気のいい現場となった。
【挑戦その1 音楽】
映画を観れば一目瞭然だが、この『ヒーローマニア-生活-』の音楽の使い方は「ものすごく贅沢をさせてもらいました」と豊島監督が喜ぶように、ある種のアメリカ映画的な手法をとっている。一人の作曲家に劇伴をすべて任せるのではなく、たくさんのアーチストの様々なバリエーションの曲を適所にはめていく。音楽プロデュースチーム「グランドファンク」の参加がそれを可能にした。日本映画界はポストプロダクション軽視の傾向があるが、今回は音楽と効果・整音に多くを割いた。「映画の仕上げにお金と時間を残していくことの重要性を感じた」と敢えて難関に挑み、その挑戦はもちろん功をなしている。
【挑戦その2 アクション】
冒頭のアクションシーンと同じシーンが後半にも繰り返される。同じ映像であるにもかかわらず、観客に与える印象は180度違う。豊島監督はそれを「トレインスポッティング」(ダニー・ボイル監督)方式だと言う。「音楽が変わり、物語のしかるべき位置に置かれると、同じ映像であっても持つ意味が変わるんです。冒頭のアクションはエンタメで面白いものだけど、後半に繰り返し登場するときは悲壮感が溢れている。要はアクションを通じて、アクロバティックな面白さと痛みのあるドラマと2つやりたかったんです」。その長いアクションは「一番大変だったシーン」であり、また「長年の夢が叶ったシーンでもある」と語る。監督のなかで、ずっとやりたかったこと──それはシャッター商店街を縦横無尽に駈け抜け、戦いを繰り広げるアクションだ。この映画の前にも、企画を出すたびに「シャッター商店街」で「アクション」というキーワードを盛り込んできたが、ようやくそれを実現させる相手(作品)と巡り逢ったというわけだ。
【挑戦その3 美術】
メインロケ地に選ばれたのは、豊島監督の地元・浜松。長年の夢だったシャッター商店街を駈け抜けるアクションも浜松駅前の商店街で撮影している。どこの街にでもある商店街を、日本なのか外国なのか、過去なのか未来なのか、何とも言えない独特な世界観のある“なごみ商店街”として作り上げたのは、美術の花谷氏。シャッター商店街はこの映画のメインでもあり「一点豪華、フィクション度の高い面白い場所にしてほしい」という監督の願いを受け、花谷氏はシャッター商店街をグラフィティで埋め尽くした。面白いのはそのグラフィティに“遊び”や“テーマ”がさり気なく取り入れられていることだ。監督が一番気に入っているグラフィティは、冒頭と後半、2度出てくるあのアクションシーンで映るもの。ナイフで刺されて倒れた土志田に向かって、中津が「としだーーーっ!」と叫ぶ場面。その背景に映し出されているグラフィティをよく見ると──「御釈迦さまとキリストが立ちションしているんですよ(笑)。で、そのおしっこが洪水になって街に流れ込んでいる」。そのほかにも寓意に満ちたグラフィティが溢れていると言う。また、なごみ商店街を含む“堂堂市”の夜の街をサーチライトで照らしているタワーは浜松駅前にあるアクトタワー。